恋愛騒動その一
自分には恋愛体質なんか、関係ないと思っていた。だから恋人を見つけた時、狂喜乱舞したし、この幸運を誰彼構わず話したいと思っていた。もちろん理性的に、そんな事はしなかったのだが。
けれど、もうひとり、好いてくれる人が現れてから、話がややこしくなった。
ちょうど恋人とは、ちょっとした諍いをして多少疎遠になった頃の事である。
あれはもう15年以上前、お知り合いの皆さんと飲んで、先に宴席を辞したことがあった。酔い覚ましに渋谷を歩いていた時、彼女がついてきた。彼女に対して好悪を別に抱いていなかったので、酔い覚ましなのかなーとか間抜けな事を考えつつ、渋谷のBunkamuraまで歩いた。B1階の吹き抜けフロアの席へ着き、座ってからも彼女はペラペラと他愛もない話をしていた。正直面倒だったが、まあいいか、と思いうなずき続けた。
そしていきなり、彼女が言った。
「万里さんは恋人いないんですか?」
え、なにそれ。いなかったらどうだって言うんだ。だが彼女の事は隠し仰せなければならない。
「いないよ。」
「じゃあわたし、立候補していいですか。貴方が好きなんです。」
オマエハナニヲイッテイルンダ。幼子を持つお母さんがそういう事を言っちゃダメだろう。しかしこれも少し笑って流すと、椅子に座り直し、「それはありがたいね」と答えた。関係ないけど、一面関係あるので悪い感情は持たれたくない。そう考えていたら、とつぜん吹き抜けのフロアに、激しい雨が降ってきた。吹き込む雨を眺めながら私は言った。
「あなたの言葉は嬉しいけれど、私には心に決めた人がいてね。その人は裏切りたくない。だから君には、諦めてほしい。」
「諦められません」
どないせーっちゅうんじゃ。
恋人がいない理由について、嘘八百を並べ立て、君とは付き合えないと滾々となだめたが、彼女はとても固い意志らしかったらしく、どうしてもうんとうなずいてくれない。
そのうち面倒になって、付き合う事はいいけれど、知り合いの誰にもこの事は話してはいけない、と釘を差した。
そして、この日は終了した。
続く