RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

或る秋の日暮れ時

あれは1990年代も押し詰まった頃の記憶だから、20年以上昔の話になる。

私はそれまで勤めていた警備会社を辞め、ITとは名ばかりのインターネット全般を営業している会社に入ったところだった。だいたい提供できる商材はドメインADSL回線の勧誘だけみたいな、何とも怪しげな会社だったのだが、それでもまだ商売になるほどのものではあったのだ。

で、その日は何とかドメイン一個契約して、営業記録を積み上げたので気楽な気持ちで夜道を歩いていた。

もうあたりは真っ暗で、歩道もよく見えない道を歩いていると、前から自転車を引きながら小学校低学年ほどの男児が歩いてきた。すれ違った時に顔を見ると、自転車に乗らずに泣いているふうだったので、一旦通り過ぎてから声をかけた。

聞いてみると、自転車で遠乗りしてきたがチェーンが外れて帰れないという。見た目に切れたりしてはいないので、多段式ギアのチェーンなど、どうということもなく直してやれた。

が、男児はまだグスグス鼻を鳴らしている。帰り道がわからないのだという。放っても置けず携帯を貸して自宅に電話させ、迎えを待った。

しばらくして軽トラが止まり、男児の祖父に当たるような人物が出てきたので、怪しいものではないと説明して名刺を渡し、私は帰ることにした。

 

その何日かあとに、会社へ男児の両親がお礼を述べに来たと言う。営業に出ていたので私は会うことはなかったのだが、社内では仕事に結びつくかも知れないので名刺を渡したのだと説明した。上司は皆に何事もすべて仕事に結びつくのだ、物事に注意しろなどと、なんかわかったような事を言っていた。私はそーゆーつもりはなかったんだけどなと思いつつ、とりあえずお褒めの言葉だけは受け取っていることにした。

 

いろいろな職を経験したけれど、この日の記憶は事あるごとに思い出される。そっかーあの助けた子はもう二十歳を迎えたのか…そんな記憶である。