RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

哀れなり、幸あれかしと祈るとも

最近とみに猫が飼いたい、と思っていた。
一人暮らしが寂しかったのである。

昔から猫好きな母のおかげで、猫のいる生活を続けてきたから、という事もあるが、思えば去年あたりからその予兆はあった。
実家に行くと、飼われている猫をかまう事が楽しかった。
雑誌を見ては「猫カフェに行きたい」だの、愚にもつかない事をしばらく唱える毎日が続いた。
猫を飼っても何とかなると確信しては、飼えなくなったら誰が世話をするのだ、などと思い悩んでいたのである。
動物を飼う事は一大事であるし、一人身では思うに任せない。
何しろ命を自分が背負うわけだから。
そんなわけで、試しにと実家から猫を借りて、しばらく過ごすような気慰めもしてみた。

そのうちに母親から諌めのメールが来た。
曰く歯石取りだの病院がよいはたいへんだ、曰く20年生きる猫にかかるお金と面倒を見続けるのは苦労だ云々。
飼えなくなっても、うちでは引き受けられないよ。
そう言われると、おいそれと決意はできない。
家に一匹おかれる猫も寂しいだろう。
かわいそうな事になってもいやだ。
そう思い直して、あきらめた時にちょうど猫カフェの前を通りがかった。

30分300円の入場料、10分延長ごとに100円の延長料。
飲み物は一杯400円。
慰めに入ってみるか、そう思って上がってみるとそこは元気な子猫たちが暴れまわっていた。
案内された部屋には10匹ほどはいるだろうか、気ままに眠る子、駆け回る子。大きさも生まれて数カ月から1年くらいまで、さまざまだ。どの子も好き勝手なしぐさがかわいい。
お客はすでに数組入っていたが、誰もそのかわいらしさにぽわぽわと霞がかった笑みを浮かべていた。
もちろん私も、同じような笑みを浮かべていただろう。
猫たちは手を伸ばす私に目もくれず、くんずほぐれつの騒ぎをしている。それを眺めるうちに、その猫たちのわきで静かに香箱座りをしている痩せたロシアンブルーに気がついた。
そっと撫でても薄目を開けるだけで反応しない。
おとなしい子なんだな、と思い静かに触れていると、子猫はゆっくり立ち上がり丸めた背を伸ばしてから、私のあぐらに登ってきた。
猫の体温がうれしいやらもう帰り際なので困ったやら、降りてくれよと声をかけていると、突然怒りの声をあげた。
そんなに降りたくないのかと、尻のあたりを撫でるともう一度カアっと声を荒げた。
気づくと、しっぽのつけねに不自然なふくらみがあった。それはぶよぶよとしていて、恐る恐るさわるとロシアンブルーは無表情に私を見上げた。
急に私はその場が耐えられなくなって、ロシアンブルーに謝りながらそっとクッションに降ろした。
そそくさと部屋を出て、会計の時店長らしき男にロシアンブルーがおそらく脱腸であると告げた。
早く医者に診せてやってください、そう言いながら思い出したのは、内臓の柔らかさだった。

しかし、男と話しながら本当に診察させてくれるのだろうか、私は不安になった。
男の態度は私の話に、さほど興味がないようだったからだ。
そのうちに、こういう店はレンタルで動物を借りているのだ、誰かがそう言った記憶がよみがえった。
それを裏付けるように男はつり銭を渡しながら、見てみますよとそっけなく言った。

帰りの道は雨だった。傘を持たなかった私は、霧雨に濡れながら癒しだなどと考えた事を恥ずかしく思った。
猫一匹助けられない自分が、猫に癒しを求めるだなんて。
あの猫は苦しまないだろうか。
いやな目にあわないだろうか。
そう考える、私は自分をうとましく思った。