RE:あらかじめ失われた日記

病気に悩まされる人。大抵何かを呟いています。コーヒーと紅茶が大好き。あんぱんも好き。食べたい。

日常詠ーアサイラムかと思えてならぬー

アサイラム=閉鎖病棟

 

私の住まう老人ホームは、開放されている。遠方から面会に来る家族もいる。時にむちゃを言う(どんな無茶かは知らない)親族もいるらしいが、おおむね職員とは友好的であると言える。

だが入居している方は、大きな規制を敷かれている。外泊の際は連絡先と親族の承認が必要だし、送迎に家族が車を出す事も求められる。日々ちょっとした散歩を求めたり(これは職員の数が少ないので却下されがち)もともと身体不全や行動が難しいものは外出すら禁じられている。

そんな閉じこもった生活のためか、それとも老齢のためなのか、問題行動を起こす老人は多い。職員を呼び出すための電子ベルを立て続けに押し、居室で助けてくれと騒ぎ出し、食卓につけば他の入居者の何が気に食わないのか、怒りをあらわにする。ほとんど寝たきりの老人が、自分の車椅子にちょっと職員がぶつかったりすると罵声をあげる。

昼下がりの暗い廊下で、車椅子で移動しているとまるで映画の閉鎖病棟のようだ。悲鳴を上げ、助けてくれと叫んでベッドを叩き、自分の居室を忘れて他の入居者の部屋に乗り込んだり…

コミュケーションを取らずに過ごしていると、人というのはすぐに劣化する。独り言を大声で言ってみたり、逆に職員から声掛けしても超然と無視したり。足を骨折して車椅子生活になった人が、みるみるうちにボケていく様を見知ったりすると物悲しいものだ。

そしてこれらは、回復しない。現状維持すら難しい。親族はここに入れてリハビリすれば回復してくれると思う人が多いようだが。悲しいかなそれは幻想だ。老人はただ衰えていくだけなのだ。

今日昼飯を食べながらそんな事を考えた。私もこうなってしまうのかなあ。いやだなあ。

そんな感じです。

 

廊下往き闇に耳目を眇めたら老いた苦吟に我も混ざるか

 

理性なき叫びを放つモノとなり深夜二時にて我は目覚める

 

プライドも言葉もなくし叫びたるケモノになるを老いと呼ぶのか

日常詠ー常識、あるいは相反せし不協和音ー

連作:我はまったく相反せしもの

 

一、我縛る鎖のごとき言葉あり郷に入っては郷に従え

 

二、ゴミ分けるルールの前で立ち尽くす外つ国の人 郷に従え

 

三、同じ事言ってはみたが抑々と見ればそれぞれ真反対なり

 

 

*世界の不協和音/室内の闇、あるいは日常

 

おのが肌痛みで染めしタトゥーには視線の群れが凍てつきており

 

闇色に ミルク注げば 膜広げ どこか遠くに 聞くクラクション

日記詠ー確かなものなどありはせぬのにー

以前、駅で電車待ちしていたら、年の頃なら40くらいか、シックでありながら要所にメリハリのある服を着た何処かのマダムと思しき人に、次に来る電車を尋ねられた。

ホームで待っている他の女性や駅員も手近にいたし、ちょうど発車案内板の下でもあるのになぜ私に聞かれたのかよくわからなくて、目が悪いのかな?とか思いつつまずは丁寧に次が急行、その次が普通と、教えてあげた。

すると何か気にしていたような顔がぱっと明るくなり、お礼をしたいのでお時間あれば駅側の喫茶店でお茶でもいかがですか?と聞かれた。

別に急いではいないが、たかが電車を教えてあげたぐらいでそれはちょっと、と混乱しながら答えると、そうですか⋯ではそこの自販機でコーヒーでも、と言ってきた。

あやややや、うれしいですけど⋯なんで?急いでいるのじゃないのかな?とさらに混乱の度合いが深くなる。まさか駅のホームでアムウェイみたいな勧誘じゃあるまい、いやなぜ私に声をかけたのか、与し易しと見たのか、ちょっととぼけたオジサンだもんな、などとぐるぐるしながら、そうですねーハイ、(ここまで1秒)と答えて駅ホームでなんだかご歓談となった。

なぜにこんな状況が?

私は用と言えばアキバに行くくらいで差し迫ってはいないんだが⋯と疑念を呈しながら聞くと、私も銀座に行こうと思ってたんですけどね、急いではおりませんの、と答えられた。確かにアクセサリーは抑えめながら品よくまとまっているし、髪もセットされてうつくしい。左薬指は指輪をしていることもわかった。銀座でも町並みに似合うのだろうな、とか思えた。

もちろん外でお知り合いでない男性となんて、お話しませんの。でも⋯なんだかあなたが気になっちゃって。

とまあ、言われた方はそんな、ありがとうございます、と感謝すべき言葉しか出てこない。気になると言われて、それが嫌な男性がいるだろうか、否、いないのです。

そんなこんなの他愛ないことで10分ほど立ち話をしたのだが、そろそろ時間もよろしいのでは?と水を向けると、ちょっと名残惜しそうに、では失礼いたしました。と言いちょうど来た急行電車に乗ってその人は去った。同じ車両で行くのはなぜか憚れたので、私は後の急行に乗ることにした。

次の電車を待ちつつ、私がフリーでいたらあのままちょっといい事話しながらナンパしてたのかなあ、などと考えていた。だから名前も問わず、そして連絡先を聞くこともせずに済んで良かったなと安堵した。今から考えるとなんで聞かなかったんだろう、と思ったけど。

まあ、逆ナンなんてありはしないのです、実際の話。

そんな感じです。

 

きっと今一幕の背景に過ぎぬ我ホームの風になぶられながら

日常詠ー連作:楽土の檻(らくどのおり)五首ー

一、老人は ここを楽土と 言うけれど 我の自由は 削られてゆく

 

二、出来ますと 訴え出て(いでて)も 拒絶され 丸薬口に 流し込まれり

 

三、不自由を 思うことこそ 自由かと くだらぬ思考が 指痺れさせ

 

四、薬にて もたらされたる しびれなり 何のためだと 聞いても知らず

 

五、ひざまずき ここを出る時 思い馳せ 一人で死ぬる 覚悟はありや

日常詠ーふと、思いたち本棚へ。ー

地中海肌焼く日差しの中に建つ色ガラスさえ暗く見えをり

 

荘重な修道院に踏み入れば陽射しの向こうに招くかドアよ

 

棺にて今も眠るやパレルモの 幼女の笑みは硝子の反射

 

本棚の前でなにげに図録見る聖女の遺骸が笑み浮かべてた

日常詠ーカッコつけすぎですか?/連作:訪問看護の医者に浮かぶ三首ー

立ち食いの親父振るダボその所作がまるで手慣れたバーテンのよう

 

紅茶淹れ蒸らし時間を数えつつティーバッグすらなれなれ美味く

 

換気扇消して窓辺に立ち尽くしあなたの乗った飛行機おもう

 

 

連作:訪問看護の医者に浮かぶ三首

 

一、我が痛み鼻で嗤(わら)いし医師になど 何わかるかと壁睨むなり

 

二、湯を運ぶ自由禁ずる医師前に 六十(むそじ)の我はしじまにて立つ

 

三、このカップ指図は受けぬ煮え滾る地獄の黒を啜りておらぶ