RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

怖くないかも知れない話


あまり怖い話ではないのだが、書いてみよう。
 
 中学の頃陸上部に入った私は、部活が面白くて仕方なかった。走る事に目覚めてしまったのか、下級生があがって良いぞと声を掛けられても、何となく上級生たちと遅くまで練習を続けてしまう事が良くあった。別に強制されているわけでもない練習を続けて、つい帰るのが日暮れ頃になることも珍しくなかった。
 その日は午後から降り出しそうな曇り空で、帰る頃にはずいぶん薄暗くなっていた。私は傘を持っていなかったので少し心細かった。
 私の通う通学路は、歩道がある表通りを指定されていたのだけれど、家の方角から通学路を通るとかなり遠回りになるので、私はいつも通学路を外れた長い一本道を通ってかよっていた。
 舗装されていない300メートルほどのまっすぐな道の並びには、街灯も数えるほどしかなくぽつぽつと有刺鉄線で区切られた空き地の間に、葦野原やあまり手入れされていない果樹畑が並んでいる。人家は道の入り口と出口あたりにしかない。
 何故そんな寂しい風景なのかと言えば、その道のちょうど真ん中辺りに火葬場が建っていたからだった。
 きっと閉鎖されたか、される間際だったのだろうと思う。斎場と言えるほど整った感じではなく、昔ながらの葬儀場でいつも古びた鉄格子の門が閉じられていたように覚えている。朝夕の通学にこの道を通っても私は何の気味悪さも感じなかったけれど、しかし火葬場がそこにある事は事実だった。
 
 私はいつ降り出すかと不安で、砂利を踏み鳴らしながら早足で道に入った。するとかなり先を人が歩いているのがぼんやりと見えた。薄暗い街灯の間を歩いているので暗くてはっきりしないが、長い髪に白いスカートを履いた女性が見える。
 私もかなり早足で歩いていたのだけれど、同じくらいの速度なのかまったく近づかないまま、その人は火葬場の前に着いた。
 その人は立ち止まると、ついと火葬場の方へ曲がった。
 私は歩きながらおや、と思った。葬儀があるなら門に明かりが灯るはずなのに暗いままだからだ。不思議に思ったその時、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
 焦って小走りに門の近くまで来た時、私はおかしな事に気づいた。さっきの女性が歩く時、足音がしなかったように思ったのだ。砂利道を歩いている私はこんなに音を立てているのに。
 そして入り口の前まで来ると門の中は暗く、鉄格子は閉じられたままだった。
 どきっとした私は、もしかしたら隣の空き地に曲がったのではと思い、塀の終わりへ目をやった。けれど有刺鉄線の柵がある向こうには枯れた葦が密生して、スカートを履いた女性が入り込めるようには見えない。バラバラと雨が葦に鳴っているのを聞いた私は、だんだん胸がドキドキして額が重たく感じ始めた。ふいにここにいてはいけないと思い、私は道を走り出した。
 すると、後ろからじゃっじゃっと砂利を踏む音が聞こえた。自分の足音ではない。もっと後ろからだ。背中に背負ったバッグが急に重くなったように感じたが、私は怖ろしくてたまらないまま、振り返りもせず目の前の明るい道へ駆けて行った。
 
 別にそこで以前もそれからのちも、何かあったという話は聞かない。けれど卒業まで私はその道を通るのを止めた。