RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

精霊がいっぱい!/ハーリィ・タートルダブ

この世が科学でなく魔法で動いていたらどうだろう?
 社会は魔法が生んだ産業に頼っていて、電話も車も、ネットワークですら魔法の力で動いている。しかし我々の技術や文明がその対価である廃棄物に悩まされるのなら、魔法と言う技術もやはりゴミを生み出すのだろうか?
 
 ハリイ・タートルダヴ「精霊がいっぱい!」読了。非常に良いユーモアと心地よいSFの香りがあふれる物語だった。
 原題「Casse of the Toxic Spell Dump」。
 訳のタイトルは少女趣味だが、作品の粗筋を言えば環境保全局に勤める主人公が処理場から漏れた産業廃棄物の謎を追ううちに宗教団体の危険なたくらみを知ってしまう、と言う何やら現代アクション風味。話の流れだけ見ればトム・クランシークライブ・カッスラーのような話なのだが、実は廃棄物は危険な魔法の残滓で主人公はエコならぬセコロジー、魔法環境を監理する役所に勤めているのだ。
 設定をざっと見ても、住んでいるところは合衆国ならぬ連合州の”大平洋”岸にある風光明媚なエンジェルズシティ。昔から伝承されてきた狼憑きや吸血鬼は先天性異常で、トイザ”ら”スならぬスペルザ”ら”スでは各種魔法アイテムが売っていて病院にはICUならぬIPU(集中祈祷室)があったり、最先端技術のバーチェスリアリティ(高徳現実)では凡人でも神々の異世界体験が出来るなどの、ニヤリとさせるユーモアが作中で生かされている。
 解説によると、なんと私の座右の書であるL・スプレイグ・ディ・キャンプ「闇よ落ちるなかれ」を読んでSF作家を志したという。まずここのところで好感度アップ。そしてオルタネイト・ヒストリーものが並ぶ作品リストの解説を見て、このジャンルが好きなのだなと感心させられた。
 それはともかく。
 話の核はしっかりと構成されていて、ストーリィに入り込みやすい。読者に廃棄物処理場なんて魔法だろうが重金属だろうがその雰囲気はあまり変わらないだろうと思わせるのは、歴史改変物の常で背景が現実とクロスオーバーしている部分を効果的に生かしている。
 だがそれよりも作中で魔法というものをしっかり説明している印象が強い。以前紹介したJ・グレゴリイ・キイス錬金術師の魔砲」と比べると、その完成度は高く感じる。流れるテンポと小道具の使い方がなんともうまいのだ。
 もちろん文化的な問題でしゃれの前提となっている事柄を理解しにくい部分もあるのだけれど、それ以上に手馴れた書きぶりで笑わせてくれる。うまいということもあるけれど、書き手自身が描く事を楽しんでいる様が見えるようだ。
 そういえばこの物語の骨子はポール・アンダースンの大魔王作戦と同じなのだが、こう言ってしまってもネタばらしにならないところが優れている。
 最初でも書いたけれど、この話はタイトルのような少年少女向けの話づくりもしていない。ユーモアとラブロマンスの中に現実と同じように悲惨な戦争の歴史があり、魔法があっても貧しい生活の移民たちがいる世界をうまく構築している。魔法が万能ではない技術として描かれているところに、考えさせるところもあり笑わせるところもある。
 この作者、もっと訳されてほしいものだ。