RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

「ブラックラグーン」三巻

会社に良い様に利用された挙句、見捨てられたために反対に会社を見限りそのまま海賊になった、元商社マンのロック。女拳銃使いの通称「トゥーハンド」レヴィ、仕事にはシビアだが何やら裏のありそうな船長、ハイテクエンジニアでロックと共通項を持っているらしいベニー。癖のある乗組員ぞろいの改造魚雷艇ブラック・ラグーン号の面々が活躍する物語りも第三巻を数えた。
今回の腰帯にはついに「船戸与一氏絶賛!」の文字が躍っている。冒険小説の趣もあるこの作品には、この評価は正当なのだ。
そう言えば一巻の腰帯は伊藤明弘も絶賛、だったなあ。

相変わらずブラックラグーンの乗組員の周囲で巻き起こる神も仏もない銃&刃物の大乱闘は爽快の壱語に尽きる。脇役の命なんかこの世界ではほとんど意味がない。チャンバラの斬られ役、ウェスタンのその他大勢と同義だから、つっこんでみたところで苦笑されるのがオチ。しかし、これはこれで悪くない。
前作から結末をひきずっていた東欧崩壊の悲劇が生み出した悲しい双子の殺し屋の話が今回出色のできだ。
一巻で、海賊になったもののまっとうな社会性を失うことのないロックの存在が、過酷な過去をもつレヴィとの確執を生んだ。レヴィとの相互理解はロックの優しさ、陽のあたる場所の感性だからこそ出来たことだった。このいけないことをいけないと認識できる、ある意味で常識的な判断力が、今回は読者に悲しみを理解させる原点となっているだろう。
双子のゆがんだ思想は、あまりにつらい過程で形成されていた。双子の一人は狙っていたロシアンマフィアの女ボスの戦略にはめられ、死に直面して「多くの人を殺せば殺すほどに、自らの生命を増やせる」という思想を語りながら死を恐れて涙する。その涙に死を与えた女ボスですら彼らの人生の重さに、そのつらさに頭を垂れる。そのシーンは圧巻ですらある。
終盤、双子の片われが逃亡するためにブラック・ラグーン号に運送を頼んだ時、それを知ったロックの涙はすなわち、人は幸せな人生を送る権利があるというところからの哀れみの、そして彼らを「人食い虎」にしてしまった者たちへの怒りの涙に他ならない。
しかしベニーは言う。
「誰かがほんの少し優しければ…学校に通い友達を作り、幸せに暮らしただろう…でもそうはならなかった。ならなかったんだ…だからこの話はここでお終いなんだ。」
その言葉の重さに、己の無力さに、ロックは嘆くのだ。
最後に撃たれて、空がきれいとつぶやきながら死んだ双子に、ロックはいう。
「空を仰いで…海を眺めて眠るんだ」と。
行き場を失くした魂に、ロックは安息を見つけたと思ったのかも知れない。

以前の書評を書いた時、ロックの名前は手塚治虫のキャラクター「間久部緑郎」から取ったのかと思っていた。もっとクールな悪役にか正義漢キャラに育つのかと思っていたのだが、それはあまりにストレートすぎたようだ。
ロックは揺り動くロックだ。暗黒街の凄愴な世界に、常識の、そして健全な意識を持ち込むための読者の身代わり、それがロックなのだ。

――
17:20一部書き換え