RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

深夜の怪異



中学生の時分、私は湘南のある街に住んでいた。
ここに住んでいた頃は怖い話がけっこうあって、いくつかはこのブログで書いている。
今回の話は、住んでいた借家でのエピソード。


それは中学2年の頃、夏休みに入ったばかりだったと思う。
私と年子の弟は、母屋の隅にある四畳半に二段ベッドを入れ、子供部屋としていた。
しかしこの部屋は風通しがとても悪かった。ただでさえ狭い四畳半に育ち盛りの少年二人がいれば、扇風機ていどで充満した熱気を追い出せるものではない。
まして夏の暑さが厳しくなれば、勉強どころかベッドで寝ていることすらできなかった。

その晩もあまりの寝苦しさに閉口した私と弟は、ベッドから敷きパッドを引き降ろし並んでタオルケットをかぶって寝ていた。
畳に触れながらオールナイトニッポンを聴いていた記憶があるから、もう1時はとうに越えていた時刻だと思う。隣に寝ている弟は寝苦しさに寝返りばかりしている。
仰向けでラジオを聴きながらふと開け放った引き戸の方へ目をやると、何か白い物が見えた。


引き戸の先はちょっとした廊下になっていて、廊下の行き止まりは脱衣場兼洗濯機置き、そして勝手口だ。
一瞬シーツか何かが置いてあるのだろうと思ったのだが、すぐそれがおかしい事に気づいた。突き当たりのそんなところに大きな白いものがあれば、今まで気が付かないわけがないのだ。

突然その白いものが近づいて来るように見えて少し焦りながら起き上がり、私はゆらゆらと揺れているそれを良く見てみた。それは白いような、ベージュのような色の円形をしていて、もやもやとした輪郭をしていたが、どこも透けていなかった。
窓からの光が差して見えるのかと私は背後の窓を見た。
しかしそこにはカーテンがかかり、しかも外には光はなかった。


大きさとしては人の頭より少し大きいくらいか。
それが揺れながらじわじわと近づいてくる。私は隣の弟を揺すり起こした。
声を出そうとしたが、喉が引き攣れているような感じがして大きな声が出ない。その球は危害を加えそうには見えなかったが、何故かとても恐ろしかったのだ。
その球から感じる気配は、まるで刃物がゆらゆら近づいてくるかに思えた。
揺り起こした弟は、眠たげな顔で私の方を見るとひゃっと言うような声をあげてタオルケットを頭からかぶった。これで幻覚でないことはわかったけれど、私はどうしていいか判らなくなった。
弟が頼りにならないので、私は震えながらそれの方を見た。その浮かんでいる球は、暗闇に浮かび上がってみえたが、どこにも影が出来ていない事から光っていない事がすぐに判った。
もう敷居までやって来た球にこれ以上近づかれる事が恐ろしくて、また声が出ない事で両親に助けを求められない事で半ばパニックになった私は、枕元のラジカセに改めて気づいた。

今まで聞いていたラジオの音声をボリューム最大にしてイヤフォンを外せばきっと両親も起きるし、この球も消えるだろう。
そう考えた私は目の前まで来た球に向けて差し出すようにしてラジカセを持ち、イヤフォンを外した。

イヤフォンを外すと同時につい引っ張ってしまい電源ケーブルが抜けた。
沈黙したラジカセを抱えたまま、私は球と見つめあった。球は私のすぐそばでただ揺れていた。


その後の記憶がないので、私は初めて気絶したように思う。
翌朝弟にその事を聞くとまったく覚えていなかった。
私自身もあの球が本当かどうか測りかねたが、しかし私が起きた時大きなラジカセをしっかり抱えていた事だけは事実だった。