RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

都築響一「珍世界紀行-lordsideEUROPE-」

都築響一「珍世界紀行-lordsideEUROPE-」

歯が痛い。相乗効果で夏バテがひどい。
こんな時には憂さを晴らすような本を見たいな、と思っていたらシジジイさんから「好きそうな本があるよ」と情報が飛んできた。
どれどれと見てみたらほんとに嗜好をズバリ突いた本だった。


とにかく”変わってる”ところばかりなのである。
十一章ある項目の紹介は多岐に渡っていて、紹介される場所は程度の差があるにしてもとんでもないところばかり。熱海の秘宝館のヨーロッパ版みたいなところや犯罪、暴力史的ミュージアムカタコンベまで詳細な写真で紹介されている。
なんでも情報によるとこれには日本編があり、そっちはほんとに秘宝館巡りな本だとの事で、さもありなんという感じだ。
特に私の好みでもあり、見ごたえがあるのは「病理」の章にある蝋で作られた症例モデルと「アウトサイダーアート」の章だった。


「病理」では写真で紹介されているイタリアやフランスの病理症例博物館のワックスモデルが圧巻だ。
現代なら医学専門誌で写真の紹介に終始するような、一般人にはグロテスクでしかない肉体の切開面や病変で変化した肉体を、19世紀後半と言う時代もあるのだろうが蝋人形で再現したその緻密さリアルさには驚かされる。よくぞここまで再現したとしか言いようがない物だ。

しかし現実の症例を模しただけではない神秘性がそれらには感じられる。職人の手仕事になる精緻なモデルにはそのグロテスクと悲惨さを超越して、まるで生気が宿っている、そんな雰囲気さえ漂う。フランスの博物館に展示されている蝋標本の少年モデルは、頭部切開という気味の悪いものでありながらあまりに穏やかな表情が不思議なコントラストを成している。

また様々な病変や奇形児たちのホルマリン標本の写真も載っている。虚ろな胎児たちの視線は幻惑的で、まるで眠るがごとく佇む姿には厳粛な気持ちを感じざるを得ない。
フランスはミュゼ・ダルフォーの創設者フラゴナールが考案した、製法は秘密とされているエコルシェという皮膚を取り去った動物標本。ロシアのクンストカメラで展示されている虚空を見つめる幼児の頭部。

以前観覧した「人体の不思議」展はこうしたものの延長線上にある。あれを観た時常設の博物館があればよいのにと思った事を思い出す。
まあ普通に見ればキモチワルイのですけど。


アウトサイダーアート」の章に到ってはどう考えても精神を病んじゃった人のコレクションや作ったオブジェが並んでいる。それに混じってほんとに精神病者の方が作ったオブジェとかもあるが、ほとんどは普通の人が衝動に任せて作ったものだ。

これは異様で圧倒的なパワーだ。病んだ精神の発露が感じさせる迫力としか思えない。
「フランク・バレの納屋」などはその典型例だろう。つたない彫刻の創作力とイメージを超越する異常な熱意、その量には恐怖さえ覚える。
途方もない一途さ、それこそ「虚仮の一念」のようなものを持たないと出来ないのだなあ、と思う。
写真からですらあれだけのパワーを感じると言うことは、実物を見たらどんな感想になるのか想像もつかない。きっと狂わないと出来ないのだ、あそこまでは。

私は喜んで購入したが多少お値段が張るのは仕方がないだろう。こうした趣味の人はどうせ観ていると思うので、あんまり興味のない方にお勧めしておきたいが、こういった趣味を理解できないとゲテモノと思われるかも知れない。
しかし薦められたときに「絶対好きでしょう?」って聞かれても、なかなか首肯しにくいジャンルではあります。