RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

横浜トリエンナーレ2005

先日時間があったので、現代芸術の展覧会である横浜トリエンナーレ2005を観て来た。
現代芸術って言うのは、見ていて面白いんだがほんとに芸術?って言いたくなることが多い。何というか、信用できないというか。斜に構えてみてしまうからなのだろうか。

トリエンナーレの会場は横浜、山下公園にある氷川丸の脇から伸びる荷揚げ用の上屋(うわや)を借用して開催されている。写真はこの会場で一番目立つルック・デルーのコンテナを組み合わせたアーチ「スパイバンク」。トリエンナーレ紹介には必ず写真引用される作品だ。
非常に人目を引くし、インパクトはあるのだが、普通のコンテナをまるでレゴブロックみたいに、ただ組んだだけのこれを、何と言えばいいのかよくわからない。

今回のトリエンナーレ、通称「ハマトリ」はアートサーカスのキャッチコピーに添えられた日常からの跳躍、というフレーズがある。会場まで岸壁を歩くと、日常業務をこなしている貿易港横浜の人々を眺めつつ会場まで移動するこの瞬間、それは確かにマッチしていた。
しかし、げんだいげーじゅつっていうのはなんでインスタレーションばっかりなんだろうか。どうも、ビデオ作品もインスタレーションも、その場の勢いを求めているように思う。それが重要なのだから、当たり前だが。その向かう先がね、などと思いつつ巡る。

その中で目を引いたのはCOUMAの観客が遊べる卓球台、ヴォルフガング・ヴィンター & べルトルト・ホルベルトの実際に乗れる、真っ暗な空間でベンチだけが光っている大型のブランコという、観客が主役になるものだった。
また岩井成昭の「ミリオン・ママ」という展示作品は円状に並べられた電話ボックスで、突然鳴る電話を取り上げるとさまざまな「母親」たちからのメッセージが流れるというものだ。切っても切っても鳴り続ける電話、聞こえてくるメッセージは止まることなく、単純なのだけれど、他の展示作品に比べてインパクトがあったように思う。

逆に目を引いただけで拍子抜けだったのは、池水慶一の単管パイプとベニヤ板を使った作品。こんにちは横浜、とか銘打ってあったけれど、アレは芸術作品なのか。
確かに造形美、と言って言えない事はない。けれどただ足場を組んで階段、それもただ上り、ただ下るだけの階段を綺麗に作ったと言うだけではないのか。疑問。

インパクトという事で言えば、今回一番だったのはイングリッド・ムワンギ。トーンナイフで腕を切りつけ、名前を書いていく過程を撮ったビデオ作品だ。作品自体の写真は公式サイトの紹介ページにある。
刺青や肌を傷つけ、名前を書くという行為が高い芸術性を持っているのはわかるけれど、この作品は受け入れられなかった。一言で言うとつまらん、だ。

帰り際、光画部風に撮ってみた。
よく見えないかもしれないけど、とりあえず逆光は勝利。