RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

空中庭園/角田 光代

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この作品は、2002年11月に出版されたものを文庫化したものだ。
第128回直木賞候補作にも上がったとのことだが、寡聞にして知らなかった。
ヒューゴー賞とかネビュラ賞なら本の帯も気にするんだけれど、普段そういう賞を気にすることがない。本読みにあるまじき姿勢ですね。

さて読んでみれば候補に挙がったのも確かに、なるほどね、と言う感じ。
私としては主人公となる女性たちの閉塞感より特にこの夫……、開放されているけれど、そこからは出られない部屋のような、無為な気詰まりの雰囲気が素直に感じられる。
私から見ても救いがたいこの男に、視点が集中するのはやはり私が男だからだろうか。

粗筋は、東京郊外にある今はダンチと呼ばれるかつてのクールな集合住宅に住む、「秘密は包み隠さない」というルールの下生活する家族がそれぞれに持つ秘密と、その家族にかかわる周辺の人々が見る、それぞれの事情が明かされていく、というもの。

この作品では、誰もカゾクは大切だ、そう言いながらそれぞれに生活や関係や、自身の記憶の中であがいている。だから家族に寄り添わない。いや、寄り添えない。
何かしらの悔恨や諦めや怒りで、女子高生も、その母親も、そしてその祖母も煩悶しながら生きている。
愛人たちはなぜ自分が愛人であるのかを確かめられもしない。
夫は17年付き合った浮気相手から阿呆男、内面丸見えのコップ男と称されなじられる。
妻はその行為で地位を獲得したにもかかわらず、夫に自身の肯定を求めることもできない。また自分の母に反発してようやく築いた集大成としてのカゾクを、家庭を正しいものと肯定したいのに、空しく思う。

世界は──彼女や彼らの世界、カゾクはもはや崩れかけている。
肯定は何処からも得られず、ただ惰性や守りたいもののために自らを押し殺し、けれどそのためにその部屋からは出られず──。
強烈な閉塞感が、人々を侵している。
辛うじて中学三年のコウという少年だけが、家族から世界へ視線を移し、けれどまた家族を見つめ直そうとする。
チョロ助と愛人に罵られた父親も、同じように視線を移したのに、結局は記憶にしか及ばなかった事を考えると、それが若さなのか、と思う。

キャッチコピーの家族が閉ざす透明なドア、と言うのは言いえて妙だ。
言うなれば「鬱になれる苦い小説」だろうか。


ちなみに映画版「空中庭園」では夫タカシ役を板尾創路が演じている。
小泉今日子と並んで非常に良いキャスティングであろう。
機会があれば見たいと思う。

今知ったんだけど、監督の豊田利晃覚せい剤所持で逮捕されてたんですね。