RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

せめて哀れと思し召せ

さっきまでうららかと言っていい陽気だったのに、春の幻想は少し風が吹いた程度でかき消えた。
目の前の太い幹に大きく枝を広げ、周囲の木々を統べるような趣きの桜は、夕闇の中今が盛りの花を風になぶらせて、際限もなく散らしている。
と、その花びらを巻き上げて、急に冷えた空気が私に吹きつけて来た。
あわてて目を閉じるがその冷たさに涙がにじむ。
花冷え、と言うには厳しすぎるその風は、見る間に木々を薄いもやに包み始めた。

離れて植わった小桃の脇からそれを眺めながら、空気の冷たさに私は顔をしかめた。
何処からか浴びせられた弱いライトの光が、いつまでも続く桜の終わりとゆっくり動くもやを照らしている。

「……際限のない宴はない。花は散るからこそ美しい。けれど……この花が散る時を、せめて哀れと思し召せ。」

どこからか聞こえる声が、そう歌った時、再び風が流れた。