RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

強張り

たかだか2ミリほどの深さでは、大きな血管まで届く事がないので、人間の体にそれほどのダメージはない。
特に鋭い物で作った傷口では垂れるほど血があふれれば、止血作用が早く現れるから、逆に血が流れにくい。いつもそれではつまらないので、時にはえぐりながら大きく傷を開く事もあるけれど、大抵は衝動的に刃物を振るうだけで終わる。
痛みは当初鋭いように思えるがすぐ鈍くなり、そのうちじんわりとした温感と強張りに取って代わる。

流れる血を見ていると、心が安らぐ。
ダメージを受けるのは精神の方だからだ。
赤い血が乾いて皮膚に張り付き、零れ落ちていく時、私はもっとも切なく、むなしい気分になる。
それは何の意味もない。
その行為には自らを罰するとか、何かから逃避するとか、そんな理由はいくつでもつけられる。
けれど、事実は自分と外界とを分ける壁を作っている事に他ならない。
痛みは自らを責めることがないし、甘美と陶酔感を与えるいい口実だからだ。

だから、リストカットにそんなお題目は必要ない。
傷を作ると言うちょっとした水溜りを飛び越える踏ん切りがあれば、そんな事は誰でもできてしまうのだから。
単に衝動でしかないこの行為に、理由は必要ない。

傷口を見ながらそんな言い訳をして、私はさらに血を流す。
何の意味もないこの行為にうんざりとしながら。