日がな泣き暮らしていてもお腹は空くもので、人間というのはたいへんに業が深いな、と最近よく思う。外出する時は誰も顧みないであろうことを自覚しながら、髭を剃り身だしなみを整える。
それは必要といえば必要であるし、自分が不快であるから整えるのだ、という思いもある。何にせよ、他人様には関係のないことであるので、くだくだしい事を書いても仕方ない。
食事を摂り一応満足すると、さてどうしようかと考えることが多い。それは何をすることもない自分の、贅沢な悩みなのだが。
で、パソコンが作りたいのである。
自己満足の世界だし、姪にパソコンをやったりしてせっかく削減したものを、これ以上追加しても使い途がない、とはわかっているのだが。ジャンクと呼ばれる不用部品を集めて、パソコンを作っている動画を見たりすると、うらやましくなる。
ああ自分もやってみたい、作りたいと思い始めると、懊悩が深まる。精神状態には非情に良くないものがある。でも作りたい。
ただ立って歩くという事が難しい、いまの自分の状態ではずっと行きたいと願っていたアキバに、買いに行くことも出来ない。近場にはそうした店もない。通販やオークションで落札した部品を集めて作ることも、できないわけではないが、中古屋をブラブラしながら、価格の最安値を漁るような、あの味わいがない。
まあ、そんな金の余裕もないわけだが。
ああ、できることができなくなるという無惨さは、こういう気持ちであったのか、などと思うのだ。