前の彼女と付き合い始めた頃、デートに出かけた渋谷で靴が足に合わず歩くの痛い、と訴えたことがあった。
その日は飲みに出かけたのだが、彼女のお目当ての店まではちょっと歩けなさそうと弱音を吐いたら、彼女が靴を買ってくれた。
いろいろ履き比べて見たのだが、ローファーが良かったように思い、それに決めた。だが、私の足は外反母趾ではなく骨折で変形していたので、次第に靴の内側でこすれ、痛むようになった。まさに靴に足を合わせる状態になったのだった。
靴が足に馴染むまではしばらく痛みもあったのだが、なんとか、履きこなす事ができるようになった頃。
彼女から離別を告げられた。
もう彼女に会わなくなって十年が経つ。その間に、靴は私が足を引きずるような事も有り、どんどん傷んでいった。
丁寧にクリームでの清掃や靴磨きをしていたつもりだったのだが、素人では革の痛んだ毛羽立ちや擦り切れたつま先を補修する事はできず、先日ついに水が漏るようになった。靴裏を張り合わせていた接着剤が加水分解したのだ。靴補修の店に持ち込んでみたが、表革の痛みもひどいので、補修は出来るが高価くつく、と言われた。暫定的に見ても二万ほどはかかるだろうとの事だった。
手放したくない。彼女から貰った痛みの激しい革の小銭入れも、補修に1200円もしたのだから、と理由つけして未だに捨てる事が出来ないのだ。けれど不要なものを置いておくほどのスペースはない。履かない靴をしまい込んでおくところもない。
私は自分に怒りを覚えながら、せめて丁寧に包みたいと思って要らないタオルで靴を包んだ。彼女にありがとうを伝えたい。
でもそれはできない。彼女に、連絡しないと言ったのは嘘か?と言われたくないから。もうアドレスや彼女への連絡先を破棄してしまったから。
来週のゴミの日にこの靴は運ばれていく。
彼女の思い出が失われていくような気がして、体が時々震える。
この震えは何のためなのか。女々しさなのだろうか。
昨日も睡眠薬を忘れて眠り、4時に寝たのに6時半には目が覚めてしまった。
ずっと靴の事を考えている。