RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

虫けら

きっとおれって、虫じゃないか? グレゴール・ザムザだとは言わないけれど。

そんな格好いいものか。そうそう、そう、虫以下だよ。
いつもむなしく思いながらマッチを摺る、あの明るく静かな喫煙室細巻きをくゆらしているとわかるよ。
音をさえぎる分厚いガラスの外で、風に吹き散らされていく街路樹の葉を眺めていると分かってくるよ。
じっと待っていると、さらによく分かるんだ。意味をなくした時間だけが過ぎるから。
以前は待つことにすら意味があったよね?
ガラスに映った自分がそう言いながら、紫煙を噴き上げ下卑た笑みを浮かべている。

煙を吐きながら、熱いコーヒーを口にする。本格的なコーヒーの苦味に、葉巻はよく合うから。
疾うに腐り果て流れ出してしまった脳の墓所に、本で仕入れた知識が木霊する。
イタリアでよく見かけるカタコンベの磨き上げられたしゃれこうべのように、意味のない知識が煙とともに頭蓋を反響する。

味なんか分からない。時々暑いのか冷たいのかすらも。
何かを考えているうちに数十分が経ち、ふと我に帰れば考えていた事は、何も像を結ばないまま雲散霧消していく。
死者は思考をつかむ事はできない。

ジョージ秋山の名作「ザ・ムーン」で、正義のスーパーロボット「ムーン」を独力で作り上げた大富豪魔魔男爵の配下、蔑まれながらも任務を全うする男の名を思い出す。
糞虫、だったか。
いつも誰に対しても土下座をして、片言さえひれ伏したように発する男。
あの男も、待つ事が喜びだったのだ。
寂しいなんて思うことは許されなかったのだ。