RE:あらかじめ失われた日記

珈琲や紅茶が好きなおっさんです。でも別に銘柄にはこだわりません、日東紅茶とネスレのポーションで十分。

闘病記

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(終わり)

退院してかかりつけ医にMRIフィルムを提出したところ、腰にヘルニアの兆候が見られる、と言われたので、朝晩のちょっとした筋トレと、ストレッチをするようになった。 形成外科の女医さんは一年前とは歩き方が違いますね、と言われてそりゃあ一年もこんな事…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その九)

2016年2月10日。4ヶ月ほどをお世話になった病院より退去し、寒い小雨の中久しぶりに我が家に帰ってきた。 とは言うものの、実は1月中に療法士さんやケアマネさん、福祉用具代理店の人たちともに、一度帰ってきていたのである。一人で暮らせるか、何を気をつ…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その八)

リハビリも佳境に入ると、病院外の道を歩くというパターンがやってきた。まあ雨の日などは室内になるのだが、朝方降って乾ききらないうちに歩く事があった。 これがつらい。出来ること、歩き終わることを想像しないと、歩けない。自分の体が思うようにならな…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その七)

前回書き落とした事に、首のカラーの事があります。 このカラー、身動きできるようになってからも、しばらくはつけたままだった。言ってみれば日常生活に、カラーが入り込んだだけ。医者からの説明は特になかったので自分の想像なのだけど、これは言ってみれ…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その六)

さて、大部屋に下りたはいいが、いろいろと雑事あり、リハビリに専念することが最初は大変だった。 まずケアマネージャーとの面談、地域の福祉協議会の方、PTの方たちを交えてのリハビリから退院までのスケジュール作成などである。 私の意見なども聞かれる…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その五)

ようやくドレーンも取れ、傷口が塞がって医師から大部屋に移って良いと言われ、看護師さんにストレッチャーへ載せてもらい、大部屋の介護ベッドに横になって、ようやく人心地がついた次の日。 PT(理学療法士)の方が挨拶に来られ、リハビリを行います、日祝…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その四)

ナースセンターから丸見えの常時監視が必要ではあるが、常に看護師が見ていなくてもいい、というなんだかよくわからない病室で、映画などでよく見るバイタル確認機器、オシログラフみたいな(むしろ、本当にオシログラフなのかも)画面でピコーンピコーン言…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その三)

さて手術後、一週間ぐらいだろうか、夜昼別なく看護師さんたちが立ち働くナースセンター近くの、病室…と言ってよいのか、硝子板のパーテーションで区切られたところで寝起きしていた。 まあ起きたと言っても、目が覚めただけで、褥瘡を作らないために、態勢…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その二)

さて、その一は入院までの話だったが、今回は入院後の話になる。 最初の一週間は手術スケジュールの手配と、経過を見るための医療保護入院となった。経過確認と言っても、転んだときの挫傷と首周りの安静を作るため、分厚いカラーをつけて横たわリ、バイタル…

約二年経ったので、闘病生活のことを書く(その一)

何度かTwitterで断片的にTweetしたりしたが、私は二年前の十月十九日に路上で倒れ、救急車で収容され診断を受けた結果、頚椎後縦靭帯骨化症という病名で即時入院した。この事にまつわる件を記憶している限り、書きたいと思う。 なぜ切りの良い一年前の十月十…